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袖すりあうも他生の嵐

嵐に癒され、大野智さんを尊敬する主婦のゆるいひとりごとです。

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わが家の歴史(3)

昭和の世相や心をみせてくれたわが家の歴史。
大家族、愛人、才能、才覚、思想。それに、科学技術の発展。

華々しく活躍するわけではないけれど、時代の先端にいつもいたつるちゃん。
フォレストガンプのガンプをやっていたのはこの人だったんですね。

今は、ガンも不治の病ではなくなりました。
たとえ、余命わずかでも残された時間を有意義に使うため告知は一般的。
昭和の時代、鬼塚の妻たちは告知しない道を選びました。
告知されず疑いながらもどこかで、違うことを信じていた。
最後、鏡に映った自分の姿に死期を悟る鬼塚さんを見ながら、
告知をするのとしないのとどっちがいいんだろうと考え込んでしまいました。
妻たちが鬼塚の前で気丈に振舞う姿は、とても立派で愛を感じました。
この愛はきっと鬼塚に届いていたと思います。
博多での鬼塚の入院生活、本妻千晶が政子が用意したピンクのカーネーションを見ながら
「地味だけど、きれいだわ。」
と言うところも、政子に
「必要なものがあったら言って。」
と言ったのを受けて政子が
「ありがとうございます。」
と応えた後の、
「礼、言われちゃった。」
も、ジーンとした、天海祐希さんきれいでかっこよかったなあ。

手塚治虫が
「もっと才能がほしい。」
と悩んでいる姿に凡人の私は一瞬安心したのですが、次の瞬間
「見えた!」
とすらすら動き出す右手に才能というものを見せ付けられました。凡人だけど一生懸命頑張り続けて凡人日記を仕上げた阿野三成、それを支えた波子。二人を見ていると生きる勇気がわいてきます。

戦争が終わってシベリヤ抑留から戻ってきて、政治活動に身を窶した大浦竜吾、左に行ったり右に行ったりしながら最後に
「正直どっちでもよかった。生きた証を残したかった。」
と言うのを見て、昭和の時代数々行われたデモや政治活動に参加した多くの人の本音を聞いたように思いました。

義男が研究に参加する日本の宇宙工学。お金がなくても諦めずペンシルロケットから始め、失敗を繰り返して科学の最先端を目指す科学者の目には現在の事業仕分けどう映るんだろう。

実くんの運動会。昭和の運動会は親が食べきれないほどのお弁当を持って来てくれたなあ。親たちだけの競技も用意されていた。当たり前のように応援していてくれていたけど、結構大変だったんだ。

ゆかりと義男の恋
病に倒れ、病室に横たわるゆかりの手を握り締めて、
「ずっと一緒だよ。」
松本さんの、甘く切ないこの一言。
最高でした。一言で、心持っていかれた。
この一言のために、3日間このドラマを観たんだ。
悔いなし、ありがとう松本潤さん。



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